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信仰を持ち、心はどう変わるのか

何かからもたらされる信仰

一番わかりやすい信仰の対象は「神仏」です。
人知を遥かに凌駕した存在が信仰の対象としては代表的といえます。
そこから派生して、キリスト教なら聖書、仏教なら経典などという教え。
そしてキリストや菩薩といった、人知をはるかに超えた存在と深い関係のあるとされる人物への信仰へと広がっていきます。
これらは一神教的な宗教観からもたらされるものです。

反対に多神教やアニミズムからもたらされる信仰もあります。
日本の神道では神は八百万とされていますし、アニミズムにいたっては万物に霊が宿るという考えです。
ほかにも、太陽や月への信仰を指す自然崇拝などもあります。

このように信仰はその対象が何かからもたらされて生まれるという場合が多いです。

比喩としての信仰

この他、私たちの生活の中で生まれた比喩としての役割を持つ信仰もあります。
こちらの場合は、デジタル大辞泉の「特定の対象を絶対のものとして疑わないこと」の方に当てはまる「信仰」でしょう。
たとえば、科学の価値観を絶対とする「科学信仰」、医療に絶対的な信頼を置いている「医療信仰」、学歴で全てを判断する「学歴信仰」といったものです。
生活志向についてもマヨネーズをこよなく愛している人とマヨネーズ信仰のようだと揶揄して「マヨラー」と呼んだりもします。
村上春樹の熱狂的なファン(信者)は「ハルキスト」と呼ばれてもいるそうです。
このように、日本における信仰の使い方は非常にカジュアルな側面も持つようになってきているといえるでしょう。